人は支えとなる事柄を胸に抱き生きている

噂というものはまるで風のようだと感じる。一つの言葉を風に乗せ遠くへ運び去っていく。そして、その噂は、周りへと伝わる。

しかし、噂というものはいい噂というものは周りには伝わらず、悪い噂ばかりが先だって広がる。何故か。人の不幸こそが人にとっては蜜だからだ。思い出してみて。きっと誰にでもあるはず。

例えば、悪い成績をとったとする。こんな成績は親に見せられないと思っていても自分より成績が悪い人がいたら「私よりも点数が悪い人がいたよ。」なんて言い訳したりする。そんな事をした覚えはないですか?これも不幸の蜜を吸っていますよね。だけども思うのです。人は誰かと比較し、自分が優位であれば自分の自尊心を満たすことができ、自分が劣位であればその相手を妬み自分が優位に立つことを望むのです。これは誰にでも言える事ではありませんか?でも、この事については誰も責めることなんてできないでしょう。

その事が「悪い事」という訳ではないのですから。そう、今は就職難でリストラも多い。経済的に困っている家庭も多いと思います。でも、挫けそうになった時、震災で避難している人たちはもっと生活に困っているし、家もなくしている。それに比べて給料が少ないなんて言っている場合じゃない。もっと大変な思いをしている人達がいるのだから頑張ろうって自分の励みにしたりしていませんか?それは果たして「悪」でしょうか?違うと思います。

確かに震災した人達と自分達を比較していますが、これも、逆行を乗り越えるための自分へ送るエールなのだと思います。最近、テレビで報道されることは暗くなるような事ばかりで、政治といえば空回りの状態。こんな状態が続いていたら、自分のエールにしたくなる事柄をあげたくなるというものではないでしょうか。人は完璧ではないのです。だからこそ強さも、弱さも生まれる。そして、そんな人だからこそ、震災にあった人達と自分達を比べつつも、きっと手を差し出されているでしょう。そう支援という形であったり、募金という形であったりして。

そう、確かにいいように利用しているかもしれませんが、その分その大変さを感じているのもその人達です。いい事は噂になって風で運ばれていきませんが、きっと誰よりもあなた方が普通の暮らしができるように願っているのではないでしょうか。私はそう思います。あなた方はどう受け止められますか?

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